ねこみみプリンセス 11 スリーサイズはー、ひみつー

 らー。

 らー、らー。

 歌が聞こえた。魔術師マーガライトは、足を止める。

 見ると、ネコミミ姫とジョスリン姫が、おやつを食べながら歌を歌っている。

 まだ空は青い。薄く、白い月が出ている。

 それを妖精は少し離れた場所の、窓の中から見つめていた。

 じゃぱんは、ここへ来てから一人で過ごすことが多くなっていた。

 姫とジョスリンが仲良くなったからだけではない。ここはエレメンタルの力が強く、その分じゃぱんの力も強くなり、姫との干渉が弱まるらしい。

 もう姫の空腹も、雰囲気も、あまり届いてはいないだろう。食事もとらず、会話もなく空を見つめる。その様子は、確かに妖精らしいともいえた。

「……マーガライト。ちょっと話があるのですが」

 男の声に呼び止められる。振り返ると、ジョルディス王子がいた。おそらくは戦争の話だろう。部屋の中に手招きをされる。

 入ると、そこは事務室のような簡素な部屋だった。勝手にソファに座り、マーガライトは尋ねる。

「何でしょう?」

 真面目な王子は、少しためらいがちに頼んだ。組んだ指を離し、そして話す。

「ゲートが鳴きはじめました。そろそろです。父が貴女に、話を聞きたいそうなのですが、会ってもらえますか」

「ええ。いいですよ」

 そのあっさりとした返答に、拍子抜けする王子。今日は魔術師の機嫌のいい日なのだろうか。この人は、「いやなので逃げます」なんて平気でいうタイプだ。しかしマーガライトは平気な顔で続ける。

「では、カレニーナ姫も連れて行きますね。一度王に、挨拶しなければ」

 カレニーナ姫。

 その単語に、王子は反応した。

「……マーガライト様。つまらないことを、お聞きしても?」

「……スリーサイズ」

「いや全然違います。カレニーナ姫のことです」

 ギャグをあっさりいなして、王子は話を進める。ちょっとつまらない顔になるマーガライトだが、まあ黙っていることにしたようだ。

「妹に、彼女の兄たちのことを聞きました。多分カレニーナ姫は、自分で魔力をつけてプラータを倒そうと思っているのでしょう」

 マーガライトは思う。

 ふたりは仲良くなったようだから、姫もいろいろ話しているのだろう。

 まあ別にかまわないのだが、縁の薄い兄や弟のしたことを、この王子たちはどう思っているのだろうか。

 ちょっと王子の目を見てみるが、そういう感じの罪悪感などは感じられないようだ。縁が薄すぎたのかもしれない。

 とりあえずスルーして、話を進めることにする。

「倒す。まあ、大体の方針は、そうでしょうね」

「しかし、たとえプラータを殺したとしても、このままでは、彼女の兄たちは救えない。そうでしょう?」

 マーガライトは、くるりと自分の髪をいじった。そうきたか。

 なるほど。現役の魔法使いでもあるこの王子は、魔法の知識にも長けている。

「その通りです」

 答えると、王子は少し肩を上げた。

「では貴女は、あの姫に魔法を教えて、どうするおつもりなのですか? 希望だけを見せておくなど、残酷です。いつかは終わりが来て、全てを知るでしょう」

 マーガライトは、笑ってみせた。他人のことに苦悶などしている場合ではないのに、人のいい王子だと思う。少し意地悪をしたくなる。

「私という、とても僅かな希望にすがっている貴方が、そんなことを言うとは不思議です。分かっているはずでしょう? ……ゲートが開けば、少なくとも一つの国は、壊滅することを」

 誰もがわかりきった、この国の運命。王子は怒るだろうと思った。しかし王子は、顔色も変えずに言い返す。

「私は少なくとも、それを知っている。生まれたときからの覚悟がある。運命を使い果たす覚悟が。……全てを知って死んでいくなら、私に悔いはありません」

 オオーォ……。

 そのとき、風が鳴いた。ゲートが鳴いている。

 今の事態に、姫の気持ちも王子の気持ちも、関係のないことだ。そんな風にして、物事は進んでいくものなのだろう。

「……ともあれ、王のところに、行くことにしましょう。姫を連れて」

 立ち上がり、ドアに手をかけるマーガライトの背中に、王子は言った。

「……私は、あの姫には、何も言いません」

「知っています」

 扉は閉じた。

 マーガライトは微笑む。あの王子はいい子だ。そして強い。

 負けると分かっている勝負に立ち向かい、死の結末を知りつつも怯まずに闘うことのできる者だ。そんな人間は、そうはいない。

 あの王子の気持ちも、一理ある。そろそろ姫に、教えてもいいだろう。

 らー、らー。

 歌が、細く聞こえる。姫は時たま、こうして歌詞のない短いメロディを歌っていたりする。機嫌よく。

 魔術師は、姫に声をかけた。

「ひめー」

「はいー?」

 てとてと。呼ぶと姫はすぐに駆け寄ってきた。

「この国の王様に会いにいきますよ。きちんと着替えて、挨拶もしなくてはなね」

「はいー」

「お父様に!」

 素直な姫とは対照的に、顔色を変えるジョスリン姫。何か言いたげな様子で、胸の上でぎゅっと拳を握る。うまく言葉にならないようだ。

「じゃぱんも、来てくださいね」

 声をかけられたことに気がつき、ぼうっと振り返るじゃぱん。それでもふわふわと、姫の傍へ飛ぶ。

「カレニーナ。あの、気をつけて」

 困ったように、ジョスリンは声をかける。

「うん。すごいかぜだもんねー」

「あの、違うの。お父様は怖い人だから」

 うつむき、視線を落とすジョスリン。

「本当は、王のいる場所を案内して欲しかったのですが……。では、ジョスリン姫は……」

「あ……。……では、行きます。案内させてくださいませ」

 いつしか、握っていたこぶしをゆるめて、ジョスリンは頷いた。

「では、二時間後に行くことにしましょう。ご飯もすませておくようにね」

 小学校の先生のように仕切るマーガライト。

「では、カレニーナ姫とじゃぱんはこちらに」

「はいー。じゃあまたねー」

「また……」

 なんだか元気がないようだ。肩を落として遠ざかるジョスリン。

 首をかしげながらも、姫は黙って見送った。

「さあ、かわいくしましょうね、姫」

「はいー」

 ねこみみ姫はマーガライトに促され、衣装室に入った。

 魔術師は姫に鏡の前に座るように言うと、ブラシを出した。髪を手際よく梳いていく。されるがままになり、目を閉じる姫。ざっ、ざっ、ざ。

「姫。結晶化の話を覚えていますか?」

 手を止めずに話しかけるマーガライト。

「あいはんするエレメンタルの、どちらかにつよいちからをあたえられたとき……」

 意外と記憶力のいい姫。ざっ。

「そう。これがそうです」

 手が止まった。魔術師は姫の横に動き、そして少しだけスカートをまくった。

 結晶化した、脚をみせる。それは少し透明感のある、闇色の結晶。

 最初から、石の中に脚が存在していたかのごとく、それは見事に固まっていた。

「おもくないー?」

「見た目よりは軽いですよ」

 興味深く、そっと触ってみる姫。

「これは、とある戦いの時に、魔法を受けたものです」

 結晶と、顔を順にみつめる姫。

「たたかい……?」

「そう。これでもいい状態のほうです、結晶化が酷ければ、死にます。そして兄王たちは、もう手遅れでしょう」

 突然あっさり言うマーガライト。

 姫は目をまるくして、魔術師を見つめる。理屈はよくわからないが、兄王たちが手遅れ、という言葉は伝わったようだ。

「姫。今のままでは、たとえプラータを百度殺しても、兄上たちを助けることはできません。肉体が結晶化しすぎて、生きることができないのです。今は仮死の魔法がかけられていますが、時間が経ちすぎて魔法が消えたり、かけた者が解除してしまえばそのまま命は尽きるでしょう」

「ど、どうすればー」

 あわてるねこみみ姫。

「手が無いわけではありません。姫、私を信じますね?」

「しんじるー」

 あっさり答えるねこみみ姫。はやっ。

 ぽんぽん、と結っていない姫の頭を撫でるマーガライト。

「たとえ、すごく苦しかったり、痛かったりしても?」

「しんじるー」

 その返答に、マーガライトは微笑んだ。

「姫は、いい子ですね」

 えへー、と笑うねこみみ。嬉しいようだ。

「姫。実はその他にも、肉体が結晶化する時があるのですよ。ゆっくりとですし、例は少ないのですが」

「むー?」

 何を言いたいのかわからずに、首をかしげる姫。

 じゃぱんはそれを聞きながら、唇を結んで、何かに耐えている。

「違う層で生まれた者が、違う層で一定の長い時を過ごした時、すこしずつ肉体が結晶化を起こします。肉体と環境とのエレメンタルの違いが、バランスを取ろうとして変化を起こし、結晶化してしまうのです。勿論もとの層のエレメンタルにもよりますし、環境にもよります。覚えておいてください」

 不思議な顔をする姫。魔術師は人差し指をたてると、くるん、と小さく輪を描いた。

 とたんに、姫の髪はカーラーで巻いたようにくるくるになった。

「わー、くるくるー」

「かわいいかわいい。では、私は食事を持ってきますので」

 マーガライトは、いってしまった。姫はくるくるの髪を、ぽよぽよと楽しそうに触っている。

「……なあ、お前」

「むー?」

 突然、黙っていたじゃぱんがつぶやいた。

「お前、どうして信じるんだ? マーガライトのことを」

「?」

 姫は、じゃぱんを不思議そうにみつめて答える。

「じゃぱんはー、しんじないのー? どうして?」

「そりゃ当たり前だろ! 嘘をつくし、肝心なところは教えないし、かなりいい加減だし!」

「でもー、ごはんをごちそうしてくれたよ?」

 その言葉に、ぴたっと止まるじゃぱん。

「たけのこの掘り方をおしえてくれたしー、たまにはいっしょにねてくれたしー、スイカもとっておいてくれたよー?」

 濁りの無い、素直な言葉。

 ややあって、……じゃぱんは、うちのめされた。

 つまりは、俺はマーガライトの悪い面ばかりを見ていて、こいつは逆にいい面ばかりを見ていたということなのだが。

 しかし考えてみれば、初めて会った落ちぶれた姫をマーガライトは引き受け、食事の世話をし、学校にも送り、そして家を引き払い、カサンドラと対決までしてくれたのだ。

 それは、なんの得にもならないというのに。

「じゃぱんー? おなかすいたのー?」

「……いや、違う」

 いま、自分の顔は青ざめているだろうか。なんだか身体が冷えて、今にも震えがきそうだ。じゃぱんは、身体に力を入れて、緊張する。そこに、ジョスリンの声が聞こえた。

「カレニーナ! どこですの! お兄様がお呼びなのです!」

「はいー。いこーじゃぱん」

 いつものように、当然のように。

 差し出された手を、じゃぱんはとらなかった。

「いや……、いい。後から行く」

「? わかったー」

 姫たちの足音が遠ざかる。じゃぱんは呆然と、鏡台の上に腰掛ける。

 自分は。

 そりゃあ性格は悪い。

 しかし、あのネコミミ姫よりは正しいと、常識を持っていると思っていた。

 だがそれは、間違えていたんじゃないのか?

 真実が見えなくなっていたのは、自分のほうだったんじゃないのか?

 吹き荒れる嵐が、心をざわめかせる。

 しっかりしなければ、ならない。

 心を失ってしまいそうになる不安に、じゃぱんは心を冷やした。

 じゃないとこのまま。

 ただの。カタチのない妖精に。

 戻ってしまいそうだ……。

 鏡の冷たい感触にしがみつきながら、妖精はどうか少しだけでもいいから、落ち着くことができるように、と心の底から願った。

 王は、大バルコニーに立ち、空中に浮かぶ門を見ていた。

 ファランティーヌの壁といわれる、国王ドルジュである。

「あと三日、といったところか」

「はい、国王」

 強く吹き荒れる風。そして扉は、かたかたと震え始めていた。

 そこに、ぷかぷかと、雲が飛んできた。風の影響を受けているふうも無い。遮断の魔法をかけているのだろうか。

 三人の娘が乗っていた。一番手前の娘は、ジョスリン姫だ。目の前に来ると静かに雲から降り、無言で父にお辞儀をする。

「まだいたのか。ジョスリン。さっさと何処かへ行ってしまえ。いても糧食が減るだけなのだぞ」

 疎ましそうな父親の言葉に、ジョスリン姫はそのまま、身を縮めて固くする。

「……申し訳ありません、父上。マーガライト様とカレニーナ姫をお連れしました」

「ごあいさつにきましたー」

 空気を全く気にせず(読めないのかもしれない)、ネコミミはぺっこりお辞儀した。

「? お前は」

「ミスリンの王女、カレニーナですー」

 お外では、営業スマイルなネコミミ姫。営業中は、口を半開きにしたりしないのだった。

「ほう、件のねこみみの姫か。かわいいな。何をしに来た?」

「それがよくわからずー」

「秘密ですよ」

 聞き覚えのある声がした。傍の魔法使い、マーガライトは謎めいた笑みを見せる。

 昔から油断のならない女の笑顔に、王は含み笑いで返した。

「……ジョルディスの話だと、何か力を貸してくれると言ったそうだが」

「貸しますが、あなたの命令に従うというわけではありません」

「ほう」

 旗がバタバタと、翻る音が聞こえる。

「……何をするのか、教えてはもらえないのか」

「仕方ありませんね。王には特別に教えましょう」

 そう言うと、マーガライトは自分の唇に指を当てた。しかし王には、何事かが聞こえたらしい。とたんに顔色を変える。

「! なに?」

「信じられないでしょう。ならば口には出さないほうが無難ですよ。本当にはならないかもしれない。けれど私はその予定で来たのです」

 黙りこんだ王は、魔術師を睨むようにみつめる。真実を見極めるために。

 しかし魔術師は、いつものように平気な顔をしていた。

「……本当ならばこれ以上の望みはないな。まあいい。嘘であってもどうでもいいことだ。ただ我々は、闘うのみ。馬鹿らしいとは思うが、この層のためにな」

 好きにするがいい。

 背中を向けたまま、言葉を続けると、王は城に向かった。側近に何か声をかけながら、中に入っていく。

 ジョスリン姫は、その背中をものいいたげに見つめ続けていた。

 しかしそれが扉の向こうに消えると、振り返る。

「では、戻りましょう、カレニーナ姫」

「もういいのー?」

「ええ。いいのです。帰りましょう姫」

「はいー」

 再び雲に乗り込む三人。ふよふよと、たよりなげに姫は雲を動かす。

「あー!」

 がく、と三十センチほど垂直に落ちる雲。

「きゃあ!」

「姫。集中を切らしては駄目ですよ」

「まちるださんがー」

「「?」」

 みよよよよ~ん、と雲は動いた。兵士たちは突然の空飛ぶ雲に、身を引いて警戒する。

 姫は警備中の一人の兵士に、声をかけた。

「まちるださんー」

 へーゼルの目を見開く女兵士。がちゃりと鎧の音がした。魔法学校の図書室で一緒になった、マチルダがそこにいたのだ。

「あら、姫! あなたここの姫だったの?」

「えーとー」

「違います!」

 否定する本物のここの姫。

「マチルダさんー。げんきでしたかー」

「うん。元気よ。あなたもあいかわらずのようね」

 あいかわらず、には頭の調子も入っている。にこにこと機嫌よく笑うマチルダ。姫もにこにこ。

「……ゲートキャッスルの様子はどうなのですか?」

 ぽわぽわムードに入れないジョスリンは、真面目に話を切り出す。

「ええ。鳴く感覚が、どんどん短くなっていますわ」

「なくー?」

「おおーん、って鳴くのよ。扉がね。層の影響力が強くなると鳴くといわれているわ」

 ゲートを見上げる三人。白い門には不思議な文様が彫刻のように刻まれ、何かを封じてでもいるようだ。

 しかしそれは見た目には舞台の大道具のように空に浮かんでおり、裏に回っても何もない。開いたときにのみ、異層とつながる。誰が作ったのかも、いつからあるかもわからない、そんな不思議な門。

「そういえば、あの妖精は?」

「じゃぱんー?」

 何気なく空を見ると、ふわふわ飛んでくる妖精がいた。姫は目を輝かし、身を乗り出して雲から落ちそうになった。マチルダとジョスリンがあわてて支える。

「おい、もたもたしてるんじゃない、ちゃんとしろバカ」

「じゃぱんー」

 妖精の悪態に、姫はにっこりと笑った。最近具合の悪そうだったじゃぱんが、もとにもどったようで嬉しいのだろう。

 しかしまだじゃぱんの顔は、いつもより少し歪んでいる。

 その心の中には、まだ嵐が吹き荒れている。

 振り払うように、元気さを演じようと思った妖精は、とりあえず、目の前の敵、マーガライトに疑問をぶつけてみる。

「おい、ゲートキャッスルが開いて戦争になれば、俺たちだってカサンドラに殺されなくても、妖精たちに殺されるんだろう? なんでここに逃げ込んだんだ?」

「そうでしょうねー。危険度はむしろこちらのほうが高いというか」

 しれっと答える魔法使い。

 やっぱりこいつを信じることは、一般的には難しい気がする。じゃぱんは頭を振った。

 オオーン……。

 ぎぎぎ、ギイギイ……。

 門から、妙な音がした。ざっ、と兵士全員が身構える。ずっとここで過ごしていた彼らには、異変がわかるのだろう。緊張がめぐる。

「急に早まりましたね。ここにいるのが、分かったのでしょう」

「ど、どういうことなんですの? お父様にお知らせしなければ……」

「無用ですよ」

 あわてるジョスリンとは対照的に、落ち着いた様子で門を見つめるマーガライト。

 キー……。

 ざわ、と総毛立つ気配がした。

「く、来るぞ!」

「構え! エレメンタルに備えろ!」

「魔防用意!」

 ざ、という音と共に、兵士達は全員、剣を構えた。

 太鼓が鳴る。ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。

 高まる緊張! マーガライトは空に向かって叫んだ。

「……へい、カモーン!」

 響きわたる、マヌケな声。

 ?

 !

 ……。

 訓練された兵士の中でも、数人は魔術師の方に顔を向けてしまった。

 なに? ほんとにおかしくなったか? とじゃぱんが思った瞬間。

 きゅいーん! と楕円に近い飛行物体が飛んできた。放物線を描き、一行の前で止まる。ききー。

 身を起こすと、それはペンギンだった。

「なんでっかー」

「そろそろ行きますよ。用意しましょう」

「なんや、すぐのりやー」

 ばん!

 程よい大きさに大きくなるペンギンさん。びびる周りの兵士達。そらそや。

「よんでるー……」

「こっちもおかしいんかい!」

「よんでる……」

 じゃぱんのツッコミも聞こえないのか、うつろにつぶやく姫。その目は、まっすぐゲートキャッスルに向けられている。魅入られているような、それでいて不安そうな顔で、ただ白い門を見ている。

 キー……。

 あとは音もなく。

 門は開いた。あまりにも静かに。

 一斉に息を呑む、兵士達。

 門から見えた向こう側には、こちらよりも少し蒼い空と、不気味な風鳴りがわずかに聞こえていた。

 しかし、思っていたようなエレメンタルの進入は無い。間を計っているのだろうか。緊張よりも、不安な表情を浮かべる兵士たち。

「開きましたね」

「ど、どうするんだマーガライト」

 にやりと笑った魔法使いは、こう言った。

「ゲートの中に入るに決まっているじゃありませんか」

 その場の全員が、青ざめた。

「どこが決まってるんだー! ゲートの中に入ったら、十三層の人間は生きていけないんだぞ! 俺だって今は十三層の形に入っているんだからな! ぜってーいかねえ!」

 姫の身体はふらり、と動き、また声がした。

「よんでるー」

 沈黙するじゃぱん。

「……ほら。呼ばれているんですよ、私達は。こちらも丁度用事もあるので、お互い願ったり叶ったりなのです」

「お前……、何をたくらんでる、マーガライト」

「めんどくさいけど説明しましょう。十一層にいくには、十二層を通らなければならない、ってことです」

「十一層、お前まさか」

「そのまさかですよ。『どこへも辿りつけない塔』へ行くのです。だって、それしかないじゃないですか。姫の兄たちを解放するには」

 マーガライトの目の色は、波打つような不思議な輝きに満ちていた。触れてはならない宝石のような。

「お前……、もしかしたら最初からそのつもりで……。姫に魔法を教えたのも」

「少しは魔防がないと、即死しますからねー。十二層は」

「よんでるー……」

 夢見るような言葉。

「覚悟はできたか? そらいくでー」

「さあ、行きますよ。覚悟はいいですね? じゃぱん」

「……」

 沈黙が同意となった。

「いや!」

 ジョスリンは、姫の身体を押さえる。

「行っちゃダメです、悪い感じがする! あっ!」

 しかし、ジョスリン姫は弾かれたように身を離した。何かのダメージを受けたようだ。もうねこみみ姫は、目を閉じたままになっている。意識すら、あるかはわからない。

「さ、じゃぱん」

「……くそ! 俺は信じてないし、行きたくも無いのに! なんでいっつもいっつも!」

 マーガライトたちはヒラリとペンギンに乗り、立ち尽くすこの国の姫君に、礼を言った。

「お世話になりましたね。父上と兄上にもよろしく、ジョスリン姫」

 ジョスリン姫は何も言わなかった。その身体はかたく僅かに震え、その目には涙が少しだけ光っていた。

 十三層の人々は、はじめてのものを目にした。

 今まで、ゲートはただ開き、席巻し、そしていつのまにか違う場所に、閉じたままのゲートが現れるものだった。

 ゲートが開き。

 そして閉じることは初めてだったのだ。

 姫とじゃぱん、マーガライトとペンギンを飲み込むと。

 キャッスルゲートは、閉じた。

 用は済んだ、とでもいうように。

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