ねこみみプリンセス 09 ふわふわふわー、にゃふ?

 姫とじゃぱんの学校暮らしも、大分慣れてきた。

 食堂の込む時間帯も分かるし、迷路のような学園内の構造も、なんとなく分かりかけてきた。

 教授と教師の見分けもつくようになったし、生徒たちの暮らしぶりも分かってきた。

 生徒たちは、そろいの制服を身に着けている以外は、性別も年齢も雰囲気もバラバラだ。

 しかし大体が無口で、個人的に活動しているようだった。それでも若い女子の数人は、仲良くなって、ときおり隅で静かに笑いあっていたりもする。中には嘲りを囁いたり、いやがらせをしたりしてストレスを解消する、意地悪なグループもあるようだった。

 食堂のメニューは月に一度、部屋のドアの外に貼り付けられる。

「わー、じゃぱんやったー。今日は、ラーメンの日ですよー」

 心底嬉しそうに喜ぶネコミミ姫。はいそうですか、とあきれる使役妖精。じゃぱんは、特に食事に興味はないのだった。

 しかし肉体がシンクロしている以上、姫に食事を与えなくてはならない。自分もお腹がすくから。

 そして、食堂に行くことは、なかなか戦争めいた状態になるのだった。

「じゃあ、早めに行こうぜ。席がなくなるぞ」

「れつごー」

 とっことっこと食堂へ向かう二人。授業はまだ四講目が行われているにもかかわらず、数人が並んでいる。ラーメンは、授業をサボる人間が続出するほど、人気メニューなのだ。

「もう並んでますねー」

「そんなに美味いか? あれ……」

「こってりとんこつしょうゆ味でー、角煮がはいっててー。万能ネギたっぷりでー」

「いや説明はいいから……」

 とりあえず並ぶと、後ろからカエルを踏み潰したような声が聞こえた。

「ふぎゅ」

 むー? と姫が振り返るとそこには。

 ……いつかの不運な(?) 水球激突事件の被害者、おかっぱ少女が後ろに並んでいた……。

 藍がかった黒髪をぱっつり切りそろえており、前髪と額の間には、白いヒンヤリシートが貼ってある……。

「あー……」

「あう……」

 思わずうめく加害者二人。

 数秒のち、少女がやっと口火をきる。

「な、何故あなたたちここに!」

「えー、ラーメン……」

「ラーメンだな……」

 この列全員、目的はラーメンである。

 おちる沈黙。じゃぱんが、仕方なく会話を繋げる。

「……あんたもサボりか?」

 むきー! と、少女は拳を振り上げて怒った。

「失礼な! わたくしはずっと、風邪で伏せっているのですわ!」

 怒ると赤くなる顔。しゅんしゅん熱が上がっているようだ。

「ぐっすり眠りたいのに、あの日はずっとにゃふにゃふと……。しかもあれでびっしょり濡れて、また悪化して……! ふうー!」

 興奮で、顔から蒸気を上げて倒れそうである。姫はあわてて声をかける。

「おきをたしかにー」

「……しかし、熱あるくせに、そんなに食べたかったのか? ラーメン……」

「失礼なー! 最近は小康状態だったのに、あなたたちと会って熱があがって……、ふううー!」

 興奮と発熱は、もう蒸気機関のようにおさまりがつかない。

 仕方なく、じゃぱんはシャーベット状の氷を少し発現させ、さくっと少女の額にのせた。

 ひんやり冷たい氷は、熱を奪うはずだ。

「あう……」

 そのまま黙って固まる少女。そのありさまを、姫は覗き込む。

「きもちいいー?」

 その言葉に、ムッとくるおかっぱ。

「し、使役妖精なんて使って……、これみよがしに……、お嬢様ぶって……。わたくしを、誰だと思ってらっしゃるの!」

 額に氷のせて、ひんやりしたまま、少女は悪態をつく。

「だれー?」

「さあなあ……」

 姫は正直に、じゃぱんはちょっと意地悪な感じに答えると、少女はばたばたしながら言った。

「魔法学校生徒とは仮の姿! 私はファランティーヌ国第七王位継承者! プリンセス・ジョスリン・エレクトゥス・アスガルドですことよ!」

 ラーメン狙いに並ぶ生徒の前で、あっさり身分をあかす姫君。ほおおー。

「……なあネコミミ。お前は確か何番目だったっけ? 王位」

「さんばんめー」

 ぴく! とひんやりしたまま反応するジョスリン姫。

「ふ、ふん。私の国は人口四百万を越える大国! 格がちがいますわ、格が!」

 どうでもいいが、額に氷のせたままだと格好悪い。

「まあ、こいつの国はちっちゃいからなあ」

「でもー、カニがたくさんとれて、いいくにだよー」

 ぴく! とまた反応する大国の姫。

「ジョスリンさんの国はー、何がとれるのー?」

 純粋に興味を持って聞くネコミミ姫。周りの生徒も、やりとりに聞き耳をたてている。

「た……」

「たー?」

「……タマネギ……」

 ……。

 しーん。

 このとき、もしも全員が選択札を持っていたら。

 全員がカニに軍配を上げていただろう……。

 ガッチリと硬直した空気を、おばちゃんの声が破壊した。

「ハイ食堂解禁だよー!」

 その声に、生徒達は瞬時に目的を取り戻し、どしゃー! と食堂になだれ込んだ。

 ネコミミ姫もいつになく、少し機敏に動く。

「じゃぱんー、ラーメンとってきてー。席とっとくからー!」

「了解だ!」

 全員は、獣の目をして食券と席取りに殺到した。

 どうにかラーメン獲得に成功した姫とじゃぱんは、一気にずるずると角煮入りラーメンをすすり、ぱふーと満腹ポーズをしてから、おかっぱのことを思い出した。

「……あ」

「……どうなったかな、あいつは……」

 廊下を振り向いたが、授業後にやってきた生徒たちもまじえ、すったもんだの有様である。死して屍拾う者なし。二人は食器を片付けた後、使えそうも無い廊下を諦め、窓からそっと抜け出したのだった……。

 まあラーメンと少女のことはともかく。

 姫は基本魔法をようやっと習得し、少し応用を教えてもらうことになった。教授は例の、ローブをかぶったサンデルマン教授である。

「二つのエレメンタルを合成すると、かなり強いエネルギーになることがある。また、特殊な事象を生じさせることもある。姫は、何の魔法が得意だったのかな?」

「そらとみずとかぜー」

「ふむ。それで姫は、何を思い浮かべる?」

 むー、と考える姫は、ちょっと幸せそうに、こう言った。

「……くもー。ぷかぷかー」

「ふむ。これかな?」

 机の上に指をさしたかと思うと、そこに霧のような、白い気体が広がった。

「これー!」

「じゃあ、外へ出ようか」

 教授は立ち上がり、カラリと窓を開けた。

 図書室に肌寒い外気が入り込み、ろうそくが風になびく。

 そして突然、ひらりと教授は、窓から身を投げた。

「! きょうじゅー!?」

 しかし教授は落下することなく、窓の外に立っているかのように見える。

 姫とじゃぱんが外を覗き込むと、そこには闇夜の中、一面の白い雲が、広がっていた。

「わふー!」

「これは凄いな」

「さあ乗って。飛びますよ」

「ええー!」

 おそるおそる片足をのせてから、姫は雲の上に乗った。微妙に弾力があり、かつふわふわである。

「わふー」

「さあ、じゃぱん君も、どこかにつかまって。吹き飛ばされますよ」

「じゃぱんー、ここの、みみとかみにつかまったらー?」

 姫が自分のねこみみとねこみみとの間を指差す。

「お前、耳触られたら、きもちわるくないか?」

「ちょっとならだいじょぶー」

 確かに吹き飛ばされたら大変なので、じゃぱんは姫の耳の間に飛び移り、つかまる。

「では、いいですね。飛びますよー」

 ふわわわわわーん、と上昇していく雲。

 見る間に学園は小さくなり、幾つかの場所で光る灯りが、夜の学園を照らしているのがわかる。心地よい風が吹き、とても気持ちがいい。

「姫。この雲ほしいですか?」

「とてつもなくー」

 ふわふわな雲を気に入るネコミミ姫。

「じゃあ、この雲を作って動かすことを、卒業試験にしましょう」

「わあー、できるのですかー?」

「がんばればね」

「わああー、がんばりますー」

 夜を見下ろし、はしゃぐ姫。そこに、少しだけ暗い声で、教授は言った。

「姫、学園の周りが、森に囲まれているのがわかりますか?」

「はいー」

「あれはね、動くんですよ。わしゃわしゃと」

「ほほうー」

「あれが動いたら、姫が帰る日です。それまでに、習得しなくてはね」

「しゅうとくー?」

「雲の魔法が使えるようになることですよ。そうだな、あと、三日くらいかな。頑張って」

 妙な感じが潜む声色に、じゃぱんは何かを感じた。

「……何か、起こるのか?」

 じゃぱんが呟くと、教授はふっ、と笑った気がするが、暗闇とローブのせいでわからない。

「……楽しかったですね、姫。マーガライトにも、よろしく」

「むー? さんでるまんきょうじゅー?」

 おー、よく覚えたなあ、とじゃぱんが感心したのもつかの間。

「……さようなら、姫。また会える日まで。私の名は『ジェオート』」

 頭のローブをめくり、現れた顔は若く優しげな青年のようだった。

 淋しげな微笑みに気をとられたその時。

 ぱらり、とローブが、形を失った。

 姫があわてて掴むと、腕の中にローブだけが残った。

 瞬きをした次の瞬間には、二人は姫の部屋のベッドの上に座っていた。ローブを掴んだ手も、そのままの形で。

 まるで、全てが白昼夢だったかのように。

 一瞬にして、全てが変わってしまった。

 あたりはただ、闇。

 呆然として動けないふたりを動かしたのは、廊下のざわめきだった。

 姫がふらりと動き、ドアを開けると、廊下の角で二人の教師が灯りをもち、ひそひそと話し合っている。

 姫に気がつくと、教師は驚いて近づいてきた。そっと顔を寄せ、小声で語りかける。

「呼びにいこうかと思っていました……」

「どうしたのですかー?」

 姫も、声を小さくして尋ねる。

 教師は眉をひそめ、ため息とともに教えてくれた。

「サンデルマン教授が……、死んでいるのです。もう三ヶ月は経つかのような……、腐乱死体で」

 生徒に、教授の死は伏せられた。

 ただ時間割から、純粋魔法系統学が消えただけ。それも別の教授が、いずれ補充するとの連絡が回ってきた。

 姫とじゃぱんは、校長先生からいくつかの質問をされたが、感心をひいたのは『ジェオート』という名前と、三日後あたりに森が動くということ。

 一通り聞くと校長は、一生懸命雲の魔法を習得できるように頑張りなさい、といった。明日から別の教授がつくらしい。朝も昼も夜も。

「……じゃぱんー、あれ、なんだったのかなー」

 姫はごろりとベッドの上にころがる。ちなみに、あの時のローブは没収された。

「わからんよ……、魔法使いってやつはもともと、考えがわからないようにできてるんだよ」

「むー?」

 ごろ、と姫はじゃぱんに体を向ける。

「何の魔法を使うのか、手がわかってしまえば、魔法使いはおしまいなんだ。その属性を抑える方法があるからな。だから隠す。それでなくても性格的に、秘密主義なヤツは多い。マーガライトだって、何考えてるのかさっぱりわかんねえし……」

 じゃぱんも考えがまとまらず、ごろごろと転がる。

 ただ事実としては、あのときプラータに手を貸した魔法使いが、学校に入り込んで魔法を教え続けていたことだ。姫に。

「マーガりんを知ってたねー」

「ああ。マーガライトに聞けばわかるかもしれない。……とりあえず、雲の魔法を使えるようになることだな。少なくとも三日以内に。まあそれしか、やることなんてないだろ……」

「むー、ふわふわ……」

 ごろり、と天井をみつめるネコミミ姫。

 何かが時と共に迫っている予感に、じゃぱんは妙な悪寒を感じていた。

 次の朝からずっと修行に入り、姫はまた、にゃふーん漬けになった。

「にゃふーん、風と空と水の精霊よ、我に空翔る雲を。カムラス!」

 もや~っとした雲はできるが、乗ることができるまでにはいかない。にゃふーんだけでも疲れていたのに、言葉が倍増すると疲労はずっと増す。

「はあ、はあ……」

「大丈夫か? 水のめ」

「ううー、のどかわくー……」

 すでに湿気でむわむわする室内。ここは、図書室の中にある個室である。広いほうが良かった……。

「水と空との合成、そして風による操作。けっこう大変なんだよねー」

 あはは! と子供のような少年の教授が明るく笑う。短い金色の髪とオレンジの瞳が、なぜか不安を感じさせる。しかしこう見えて、かなりの実力者だそうだ。

「普通は単純な二つのエレメンタルの合成から始めるから、かなり一足飛びだね。大丈夫かなー?」

 あははは、とよく笑う少年。姫はずっと、食事もとらせてもらえない。水はオーケーだが。

「さあ姫、集中して。自転車と同じで、魔法は一度覚えてしまえば、けしてわすれない。それに酷い状況の時におぼえれば、酷い状況でも使える。僕は戦場で魔法を覚えることを一番勧めてるくらいだからね。あははは!」

 朦朧とした目で、こくこく、と口に水をしみこませると、姫はゆらりと立ち上がろうとする。

「立たなくても、座ったままで大丈夫だよ。口と、扉さえ開けばいいんだからね。さあ詠唱して!」

「にゃふーん、風と空と水の精霊よ、我に空翔る雲を。カムラス!」

 あたりに広がる白い雲。

 さっきより、少し雲の密度は高くなっているかもしれない。

「あははは! その調子だよ。がんばれ姫。悪魔は迫っているんだから! あははは!」

「にゃふーん、風と空と水の精霊よ、我に空翔る雲を。カムラス!」

 教授につられてか、どんどん部屋の空気が狂気じみているような気がする。

 異様な空気の中、確かに雲は完成していき、空気の重さは増していく。

 夜がとっぷりとふけ、気を失った姫を部屋に連れて行くときの廊下で、じゃぱんは全学生に、学園退去命令が出たことを知った……。

 重いざわめき。

 教授たちに緊張が走る。

 姫は、なんとか雲を完成させることができるようになったが、操作するまでには至らない。

「にゃふーん、風と空と水の精霊よ、我に空翔る雲を。カムラス!」

 はあはあ、と息もたえだえに作られる雲。

 あはははは、と教授の笑い声は衰えることを知らない。

 す、と誰かが近づいてきた。校長だ。

「……姫。もう時間じゃ。操作はあきらめよう。雲に、自動でマーガライトの庵に一気に飛ばす魔法をかけるからの」

「……むー?」

「頼んだぞ、ネフレト教授」

「まかせてよ、あははは! おいで姫!」

「? はいー……」

 わからないながらも、頷く姫。

 ガシン、とどこかから音がした。

「来たね、カサンドラが! あははは!」

「カサンドラだと!」

「カーさん!?」

 驚いて声をあげる姫とじゃぱん。ガシン、ガシンという音は、遠くから近くへ迫っている。

「思ったより早いな」

「魔防あんまり役に立たないねえ! さあ姫、雲を出して!」

「にゃふーん、風と空と水の精霊よ、我に空翔る雲を。カムラス!」

 出現する白い雲。ガシン、ガシン。いやな音が響き、空気を焦らせる。

 ネフレト教授と姫とじゃぱんは急いで乗り込み、教授たちを振り返った。

「せんせいたちー、だいじょうぶなのですかー」

「ああ、ワシらは、全然大丈夫だ。気をつけてな」

「? はいー」

「ひき付けたら合図を出すからな!」

「了解! あははは! テレタ・ニ・シトア、アドバンス!」

 教授の呪文で、雲は急速に動き出した!

 あまり上昇せず、森の少し上あたりに飛んでいく雲。

 姫のねこみみあたりにいるじゃぱんにも、緊張が走る。あの赤い悪魔、カサンドラが来たら、この学校くらい余裕で壊滅する……。

 ガシン、ガシン。音は大きくなってきた。木の葉のすれる音。そして。

 やがてざわざわと、森は動き始めた。

「姫。森が動いているのが、わかるかい?」

 さすがに小声で尋ねる教授。こくりと姫は頷く。

「あれはね、森が動いて、迷路を作っているんだよ」

 ガシン、ガシン。鳴り響く音。

「本来アンデッドの大群なんかが攻めてきたときなんかに有効なんだけどね。アンデッドたちは知能があまりないから、突破する方法が見つけられずに、かなり苦労するんだよ」

「しかし、カサンドラは……」

 アンデッドではない。その問いに、教授は答える。

「ふふ、操られている人間は、余計なことを考えさせると、矛盾に気付いて魔法が解ける可能性がある。だからあまり、余計な知能は使わせないんだ。つまりは」

「カーさん、いまバカなのー?」

 ……ばっさり切り落とす姫。

「……あはは、まあそうだよ。だからなかなか、迷路を抜けられない。そうして森は、徐々に奥へ絡むように誘導するんだ。あまり長くはもたないけど」

 バシュッ!

 閃光が、森に放たれた。バサバサバサ、と木の倒れる音がする。

「ほうら、力技で、森を破壊し始めた」

「どうなるのー」

「大丈夫。充分森の奥には進ませた。周りに被害がでないほどの距離に。それ合図だ!」

「わひゃあ!」

 突然動き出した雲! 空に向かって、まっすぐに飛び始める。

 そして教授は突然立ち上がり、そして。

 そのまま下に飛び降りた。

 ! 驚く姫とじゃぱん。

「わひゃああああ! きょうじゅー!」

「じゃあねえ姫ー! あははは!」

 最後の笑いは遠のいて、よく聞こえなかった。姫とじゃぱんを乗せた雲は、死ぬ気でしがみつかなければならないほど、恐ろしく早く、どこかへ進んでいく。

 ネフレト教授は、自分に空中で急ブレーキをかけ、止まる。

 下では、合図と共に、カサンドラが森の木に一斉に襲い掛かられ、身動きが取れなくなっていた。

 その拘束も、数秒しかもたないだろう。炎が上がり、闇夜は赤く染まり始める。木々の焦げる匂い。

 炎の中から、長い黒髪の女が現れた。黒羽に包まれた剣士。カサンドラだ。

 炎に焼かれた黒羽は火の粉を飛ばし、燃え上がる。

 やがて羽はカサンドラの背中に集まり、翼を形作った。

 黒い羽の、天使のように空に浮かび上がるカサンドラ。肩には、黒い梟。暗い瞳が、現れたネフレトを見つめる。

 その姿を眺めながら、ネフレトは、心に壁を作る。弱い心が、恐怖に魅入られないように。

「……君は、ねこみみの少女を探しているんだろう?」

 ぴくり、と反応するカサンドラ。その瞳は、虚ろだが強い。

「あちらに飛び去った白い雲。あそこに、君の探しているねこみみの少女はいる。ここではなくね」

 真実を推し量るように射抜く目。その唇が、ゆっくりと動いた。

 ニ ガ シ タ ナ

 冷たい汗が、全身を冷やした。

 それでも、ネフレト教授は笑顔を崩さない。いつもの口調で、こう返す。

「早く追ったら?」

 ……ほう。

 小さく、声を出す梟。

 カサンドラはその声を聞き、そして大きく翼を広げた。

 闇に溶ける黒羽。ばさり、と音をたてたと思うと、カサンドラは強風と共に、空へ飛び去っていった。

 ……ひゅう。

 遠くで鳴る、風。

 ネフレト教授の足元には、燃え続ける炎。

 すぐに誰かがやってきて、炎は消されるだろう。ネフレト教授は一息ついた。

 ともあれ、この世で最大級の災厄は、ねこみみ姫を追い、飛び去っていったのだ。

「なんとか追い払いましたね……」

 カサンドラが去ったことを確認し、学園内の教授たちは胸をなでおろした。

「ああ、よかった」

「あとは、マーガライトがなんとかするでしょう。知らないわけはないでしょうし」

「まったく、迷惑な卒業式ですこと」

 息をつき、肩を回しながら、教授達は笑いあう。

 校長は、ふん、と苦笑いを浮かべる。

「卒業じゃと? まったく。これだけ迷惑をかける生徒は前代未聞じゃ。あのカサンドラを連れてくるなど!」

 遠くでまだ燃える炎に向かって、校長はこういった。少し微笑みながら。

「あのネコミミ姫は……、退学じゃわい」

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