ねこみみプリンセス 05 ペンギンはー、やまのものー?

 ぐー。

 ぐー。

 シンクロして鳴るおなか。

 おなかを押さえるネコミミ姫は、困ったように妖精を見つめる。

「お前は、どうしてそんなに腹が減るのがはやいんだ! 一日四食喰いやがって!」

「おなかがすいたよー」

「俺もだ!」

 じゃぱんもお腹は減るが、あんまり減らない。身体が小さいし。

 なので、こんなにしっかりと減るのは、久しぶりだった。けっこう苦しいものだ。

「うう……、メシ、メシ……。……街へ出るか……」

「わー、街ー? はじめてー。じゃぱんー、立ち食いソバ食べていいー?」

「はしゃぐなー!」

 怒鳴ってもおなかが減るだけである。じゃぱんが、空腹のくせに浮かれている姫を導き、やっと二人は市場へたどり着いた。

 ぴこんぴこん揺れている耳を見て、国民は仰天した。

「姫!?」

「コスプレか!?」

「生耳か!?」

 姫は気にせず歩いているが、じゃぱんは気が気でなかった。

 空腹のせいで気がつかなかったが、フラフラと出てくることはうかつだった。どこかに連れ去られでもしたら、大変なことになる。

「……あああの、失礼ですが、あなたは、姫様ですか?」

 一人の男が、思い切って姫に声をかける。緊張するじゃぱんと周囲の人々。

 姫は不思議そうに見返し、そして言った。

「立ち食いソバ、どこですかー?」

 人の話を聞けー! と心で叫ぶじゃぱん。

「は、はい。ご案内できますが……。姫は、おだんごは好きですか?」

「おだんごー? それは、辛いものですかー?」

「い、いいえ甘いものです」

「なるほど、おやつの仲間ですかー」

 何を納得したのか、ほほう、と頷く姫君。

「よろしければ、是非、いらしていただけませんか」

「あまいものを、どうするのですかー?」

「勿論、たくさん食べてください……、よ、よろしければ」

 ぽん、と手を打つ姫。

「そうだ、あまいものは、頭によいのですー。食べますー」

 そうか、お願いだ、お前は大量に食べてくれ……、と頭をかかえるじゃぱん。

 かくして、二人はなんとなくだんご屋へ向かうこととなった。遠巻きに見ている群集。どうやら、つられてついてくるようだ。

 これだけの人がいれば、変なことにはならないだろう。じゃぱんも、素直についていくことにした。

 軽くあぶって、砂糖醤油のかかったお団子。

 胡麻をまぶしたお団子。

 それに玄米茶。

 食感がもっちりしていて、香ばしい。砂糖醤油もいい香り。じゃぱんも姫の感覚につられて、いつもより大量に平らげる。ぱくぱくぱくー。

「どうです姫、美味しいですか?」

 恰幅の良い女店員が、人のよさそうな顔で姫に語りかける。

「おいしいー」

 ぱくぱく口に入れる姫君。じゃぱんもつられて満腹になっていく。まだ手持ちの資金はあるはずなので、払いは平気だろう。

 これからのことを考えると無駄使いは禁物だが、今は甘いものを食べて、限りないストレスを減らしたいじゃぱんだった。

 サービスの塩コンブを食べつくして、ごちそうさまをした二人。

「ごちそうさまでしたー。いくらですかー?」

 それを聞き、驚くさきほどの男。

「いいえ! 姫さまからお金をいただくなんて、とんでもない!」

「だめですー、おかねはキチンとしないとー、みずからのクビを絞めるんだよー」

 おそらく王様たちから教わった教えによって、筋を通そうとする姫。

「なんといわれても、受け取れません!」

 じゃぱんが見回すと、店の外には沢山の国民が集まり、様子を伺っている。

「おい、早く行かないと……」

 不穏な空気を察するじゃぱん。

「じゃあ、はたらきますー」

「ちおっとまて!」

 油断すると思いもよらない方向に進む姫君。

「ますますダメです!」

 ひかない男。そこに割って入ってきたのは、さきほどの女店員だった。

「あら、いいじゃないの。姫もいい人生勉強になるわよー。じゃあ、このフリルのエプロンを……」

 この店で、何のためにあったのかは知らないが、かわいいフリルのエプロンが姫に渡された。姫はエプロンが初めてである。

「わーい、ふりるふりるー」

「おかーさん!」

 女店員はどうやら、男の母親だったようだ。結局素早くフリルのエプロンをつけてもらい、ぱたぱたと走り回る姫。そして姫は戸口へ行き、がちゃりとドアを開けた。

「いらっしゃいませー」

 外にいた国民は一気によろめいた。

 しかし、にっこり笑う姫に導かれて、おずおずと入店してきたのだった。

「いらっしゃいませー。おきまりですかー?」

 何の因果か、なりゆきで一国の姫君にウェイトレスをしてもらう国民。

 せっかく姫が頑張っているようなので、客はいつもより多めに頼むことにした。

「じゃ、じゃあ……、だんご五つ」

「わ、わたしは三つ」

「四つ」

 ……。

 笑顔で数秒、時を止めるカレニーナ。

「ええとー、書いてくださいいー」

「このアホ姫! そのくらい覚えろー!」

 姫の後頭部に、スパーンとじゃぱんのツッコミが入った。

「あててっ!」

 言ったのは、じゃぱんだった。同時に、自分の頭も痛くなるじゃぱん。そうだ。そうだった……。

 その様子を見て、厨房の女店員がじゃぱんに声をかける。彼女は団子作りにおおわらわだ。

「妖精さん。ウワサではあんた、何でも運べるんだろー。運んで姫に渡してやってくれないかねー」

「冗談じゃない! なんでオレが!」

「じゃぱんー。たいへんなことになってるよー」

 ハッと周囲を見渡すと、客は大変な列になっている。

 フリルエプロンのねこみみ姫が働いているのだ。みんな観たくてしょうがない。

「く、く、く……」

 意外と小心者のじゃぱんは、この圧迫するストレスに耐え切れなくなってきた。ぐらぐらと、暗い気持ちになる妖精。

 ……またか。またオレは、自分の意思とは関係なく、なんか、なんかしなきゃならなくなってるのか。

「畜生!」

 結局だーっとキッチンへ行き、だーっと戻ってくるじゃぱん。

 大量のだんごを持ってきたじゃぱんから、姫は客に言われたとおりの数を出し、ひきかえにお金を貰った。

「ありがとうー、ございましたー」

 ぴこっと倒れるねこみみに、お客様も大満足だ。

 きっと細かい事情があるのだろうが、まあどうでもいいやーがんばってーという気持ちに次々とさせていった。

 男と母親が高速で団子を作り、じゃぱんが運び、姫が渡して金を貰う(収納はじゃぱん)というローテーションで、店はなんとか回っていった。

 しかしリピーターも含め、客足が途切れることはなく、材料が無くなってやっと閉店となった。

 それでも、窓から遠巻きに見ている国民。のんきにフリル着て手をふる姫君。

 厨房から、女店員が、へろへろと声をかけた。

「姫様ー、こっちへきて、お茶を飲みましょう」

「わー、のみますー。からからー」

 厨房のテーブルで、ぬるめに淹れた玄米茶を、ごくごくと飲んでいく一同。一息つくと緊張の糸が切れ、ぐったりとなった。

 しばらく倒れ伏したあとで、女店員が言った。

「姫様……、どうしてこんなところへ? 妖精一人だけを連れて」

「いろいろありましてー。たびにでなくてはならないのですー」

「まあ……」

 じょぼじょぼと、でかい薬缶から、湯のみにお茶が注がれる。姫ははっとして言った。

「そうだ、まほうを、解かなくてはならないのですー。どうしようー」

 こいつ、ちょっと忘れてたな……、と思ったじゃぱん。

「まほうを解く……?」

「そうですー」

「そうですか……。私は魔法には詳しくありませんが……、この山の上には、魔法使いが住んでいるそうですよ」

「まほうつかいー?」

「ええ、たまにここへも使役妖精がお団子を買いに来ますから。確か、マーガライトさんとかいう人です。ひいおじいちゃんが団子屋をかまえる前から、山に住んでいらっしゃるとか」

「そうだー。マーガりんとかいうひとが、お城へ遊びにきてたー」

「名前だけなら、オレも聞いたことがあるな」

「たずねてみると、いいかもしれませんね」

「むむー」

 考え込む姫君に、女店員は言った。

「姫、とにかく今日はお疲れ様でした。もう夜も更けてまいりましたし、ごはんを食べて、お泊りになってくださいませ」

「えー、でも、おやちんはー?」

「もう十分に働いていただきましたよ」

 意外と律儀な姫君に、女店員は微笑んだ。

 くくっ、くくくっ……、と、何か奇妙な声が聞こえた。息子のほうだ。

「おいたわしい……」

「おい、たわしー?」

「姫、ずっとここにいませんか。働かなくてもいいです。贅沢はできませんが、毎日好きなだけお団子を差し上げます」

「むー? どうしてそんなに、サービスなのー?」

 首をかしげる姫。

「あきらめな。姫様には、やるべきことがあるんだからね」

「うん。そうなので、そういうことでー」

 サラっと終わらせる姫。

「ですが、今まで、なんのご不自由もなくお過ごしあそばされていたのに!」

「そばー?」

 息子と姫に、大きくため息をつく母親。

「今までが、おかしかったのかもしれないよ。なんにせよ、お前が姫様にとやかく言うことは何も無いんだ。さあ、食事の支度を手伝っておくれ」

 とぼとぼと、冷蔵庫へ向かう息子。たぶん彼の中には、姫君というものに対するドリームがあったのだろう。

 静かになったテーブルで、姫はじゃぱんに話しかけた。

「ごはん、たのしみだねー。じゃぱん」

 愛するごはんを思い、にっこり笑う姫。

 一緒に手伝うとか言えよ! とか思ったが、手伝ったら料理は崩壊すると思い、じゃぱんは口をつぐんだ。

「……なあ、お前」

「うんー?」

「ちょっとは、ずっとここで、団子食べ放題したいか?」

 食いしん坊の姫のことだ。『食べ放題』は心揺れる単語のはずだった。

「うまい話には乗っちゃいけないって、にいたちが言ってたよー」

 ぴこぴこと耳を揺らしながら答える姫。

 兄たちは教育をダメもとで行っていたようだが、教えは生きているようだ。

 ものの話によると、生きているときに偉いといわれるよりも、死んでから(まだだが)偉いといわれるほうが、偉いらしい。

 アンタたち、偉かったんだなあ……。と、じゃぱんは今はなき(まだだが)王たちをしのんだ。こんな姫を一人残して、さぞかし心残りなことだろう……。

 ふと見ると、姫は疲れたようで、机に身をまかせて、くーすか眠っていた。

「むにゃむにゃ……、その、あんころもち、にせものー……」

 一体どんな夢を見ているのだろう。じゃぱんは一気に疲労した。

 次の朝。

 名残を惜しむ国民や団子屋の親子と別れ、姫とじゃぱんは、山の上にあるという魔法使いマーガライトの庵に向かった。

「たぶん、ちっちゃいころ、見たことあるかもだよー」

「……覚えてないんだな」

「うーん。たしか、マーガりんって兄たちは言ってたんだけどー」

「まあいいが……。つけられてるぞ」

「つけー?」

「つけられてる!」

 じゃぱんは、後を追ってくる足跡を感じていた。感じからいって、昨日の男や国民たち、といったところだ。心配で仕方ないのだろう。一番これからの旅を気にしていないのは本人なのだが。

「ほっとくー?」

「お前意外と冷たいな。まあ、ほっとくしかないんだが……」

 ぼばふーん。

 突如とどろいたのは、破裂音だった。

 音がしたのは、後ろのほうだ。

 見ると、もくもくと煙が上がっている。

「な、なにごとですかー?」

「わからん!」

 降りて近づくのも危険だ。ここは、急いで登っ……。

 じゃぱんは、何か、黒っぽいものを見た。

 下から、登ってくる小さな生き物。

「わー。じゃぱん。ぺんぎんですよー」

 無意識に思考から排除しようとしなかった分だけ、姫のほうが認識が早かった。

 じゃぱんは思った。

 落ち着こう。

 ……。

 どう見ても、ペンギンだった。

 ペンギンはてちてちと進み、こちらに向かっている。

「こーんーにーちーはー」

 姫が手を振って挨拶すると、海の生き物はしゅたっ! と手を上げた。

「よくきたなー。ねこみみー」

「はいー」

 ねこみみ呼ばわりされる姫。しかも気にしない姫。

「マーガライトのお客やな。土産はー?」

「おばさんが、お団子をもたせてくれましたー」

「よろし」

 気の合いそうなネコミミとペンギン。

 ペンギンは二人に自然にまざり、とことこと登っていくと、一つの庵が見えてきた。

「ここや。呼んでくるから、ちょっと待っとれやー」

「はいー」

 ペンギンは、家に入っていった。

「じゃぱんー。ペンギンって、山にもいたんだねー」

「いや違うから!」

 ツッコミが入るか入らないかで、ドアは開いた。

 その女は、髪を無造作に後ろで束ね、テキトーに着た服をひっかけ、靴もかかとを踏んでいた。

 緑色のすわった目をした、若く見える女だ。高名な女魔法使いはみんなそうだが。

 才能ある魔法使いは、若いうちに不老の魔法が身についてしまうのだ。

「あなたが、マーガライトさまー?」

 姫の言葉に、魔法使いはスタスタと姫に歩み寄り、そして。

「ふがっ」

 いきなり両手で、姫の両ねこみみを掴んだ。

 びっくりして硬直する姫。耳は弱いらしい。

「まずは自分の名前を名乗りなさい。アレキサンドラの血をひく者よ」

 ふるふると震える姫。ちょっぴり悪いとは思うが、じゃぱんは姫が苛められるとスッキリとしてしまう。

「あうー、か、かれりーな……」

「ではカレりんと呼びましょう」

 さくっとあだ名をつける魔術師。

「あー、それは、下にいの名前と同じなので、だめー」

「そう? じゃあ、カレにゃんね」

 何がじゃあなのか分からないが、言ったとたんにピッと指は離された。

 はふー、と息をつくカレにゃん。

「私のことはマーガりんと呼ぶように」

 あらゆる意味でツッコミを入れたいじゃぱん。

「マーガりんー、ご相談があるのですー」

 適応の早い姫君は、早速本題を切り出した。

「なんですか? カレにゃん」

「どうくつでー、にいたちが、青い結晶でかちかちなのー」

「ごめん、全然わかんない」

 そう言って、姫の耳に手を近づける魔術師。あわてて姫は訂正を入れる。

「わー、治すために、魔法を教えてくださいー」

「あなたに魔法を? それはだめです」

 アッサリと却下する魔法使い。

「どうしても、教えてくださいー」

「だめったらだめ」

「カニたくさん、食べさせてあげますからー」

 どうしてこの姫は、人の価値観も自分と同じに思うのだろう。

 しかし、自称マーガりんの目は光った。

「……カニ?」

「カニー。なべも、さしみも、ゆでたても、焼いても、おいしいー」

 そういえば姫の国は海もあり、カニの良い漁場だ。

「たくさん?」

「おきのすむまでー」

 マーガりんは、顎を指にのせ、考え込んでいる。

 おいおいおいおい。

 指から顎が離れ、そして魔術師は真剣なまなざしで向き直った。

「……話を聞きましょうか。プリンセス・カレニーナ」

「がってんだー」

 おいー!

 なにやらガッチリと意気投合しあう姫と魔術師。

 じゃぱんはぐらぐらと気が遠くなっていくのを感じた。

 今までは『この城はバカばっかりだ』とか言っていたが、もしかしてもうすぐ『この世の中はバカばっかりだ』に訂正しなくてはならないんじゃないだろうか。

 上をゆく不幸を知るにあたって、妖精は今までの幸せを知るのである。

 そしてこれからも、それは続いていくのであった。

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