電気座布団で燃える法隆寺
拍手ありがとうございます。とってもうれしいです。 今『法隆寺を支えた木』という本を読んでいます。宮大工さんの本ですね。 法隆寺の昭和大修理が行われることになり、金堂の壁画を模写しようということになりました。たくさんの画家を呼んで描いてもらいます。 しかしそうこうしている間に戦争が始まってしまい、戦時中はまさか米軍側が京都奈良の古文化財に気を使ってくれているなんて知らないので、金堂を解体して山中に疎開させたり大変でした。 そして戦争も終わり、まあ帰ってこれた人は帰ってきて、遅れに遅れた模写をまた始めているといきなり金堂が火事になりました。 ええっ無事に戦争も乗り越えたのに何で焼けるねん! と思ったら。 画家の使っていた電気座布団の加熱で燃えたらしい。 オイ画家ァ! もう塔のほうに飛び火してるし管長さんも火に飛び込もうとするし大変。 なんとか塔のほうは水かけて無事でしたが、金堂はこんがり焼けて壁画も焼け爛れてしまいましたとさ。ちなみに上部部分と肝心の御仏様は移しておいて無事だったそうです。 けれどどう転ぶかわからないもので、戦後でなんやかやぼんやりと行っていた修理ですが、このガッカリ火災で急に活気付いてしまい、国から予算がポーンと出るようになってお給料も上がってくれたみたいです。まあ民間の大工さんよりずっと安いんですが。んで修理は無事に……、ではないが、終わりました。ちゃらん。 宮大工さんというのは大体が依頼があるときしか動けないので大変みたいです。ヒマな時は普通の大工仕事してればいいじゃん! と思っても、古い寺社の技術とかを熱心にやるということは新しい技術ややり方に背を向けることになってしまうようで、なかなかそういうわけにもいかないようです。 この本が出たのは昭和53年ですが、この時点で弟子?が一人なので、もう宮大工さんは絶滅しているかもしれない……。まだ読み終わっていませんが、どうなんでしょうね。 使えるいいヒノキが世界レベルでなくなっているというし、もしかしたら二度と法隆寺は修理されないなんてこともあるのかもしれません。 ちなみにヒノキは法隆寺1300年レベルでもちますが、スギは7、800年。マツとケヤキは400年ぐらいで材木としては寿命らしいです。もっと木を育てなあかん。
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